【コラム】中小企業の経営:会計は他人任せ?

(※) 当コラムは、読者として中小企業の経営者や管理者の方を想定しています

「会計はすべて税理士の先生に任せている。細かい数字を見るのは辛気臭いから嫌だ」
「数字を見なくても、どの製品がどれくらい儲かっているかは感覚で分かっている」
「経営はKKD(経験と勘と度胸)だ。単純に数字だけを見ていればいいわけではない」

いずれも経営者の方から直接伺った話です。同じような思いを持っておられる経営者は少なくないと思います。以前、中小企業の支援に携わる方から「中小企業の経営者に会計という言葉を使うと逃げられることがある」という話を聞いたことがあります。確かに「会計」という言葉を聞いて、条件反射的に「苦手」「分からん」と反応する方は経営者に限らず、一定数いるようです。実際、私の周りにも結構います。

会計が売上や利益の増加を直接もたらすことはありません。どれだけ会計に力を注いでも、それによって顧客が増えることはなく、原材料が安くなることもありません(後述の管理会計によって間接的に効果を得ることはあります)。このため、ヒトやカネが限られている中小企業において、会計の優先順位は低くなり、顧問税理士にお任せということになりがちです。

そのような状況を理解しつつも、今回はあえて会計について掘り下げてみます。辛抱してお読みいただければ幸いです。

会計は大きく財務会計と管理会計に分けられます。主な相違点は下表のとおりです。

財務会計管理会計
目的経営成績や財政状態を報告する​

・会社法に基づく計算書類​作成
・税務申告、など
データや分析の結果を踏まえて意思決定を行う​

・予算管理の実施​
・部門別業績の評価​
・設備投資やM&Aの判断​
・製品別収益性の評価​
・原価分析に基づく原価低減​
・資金繰りの見通し把握、など
対象とする期間過去過去~将来
利用者会社外部の利害関係者
(金融機関、税務当局、株主、取引先など)
会社内部の経営陣や管理者
準拠するルール一般に公正妥当と認められた会計基準​会社によって異なり、目的に応じて決定する​
実施の要否必要 (法的な要請)任意

財務会計の実施は法令で定められています。準拠するルールは明確に規定されており、やらなければならないことは決まっています。多くの会社では、顧問税理士が記帳や決算書作成などを通じて財務会計の遂行をサポートしています(最近は管理会計のサポートも増えつつあるようですが、あくまでも中心は財務会計です)。

一方、管理会計の実施は任意です。実施しなくてもKKDで日々の経営を進めることはできるでしょう。また、管理会計は担当者がテキストを読めば機械的に遂行できるものでもありません。経営者が管理会計を実施する目的と求めるアウトプットを明確にしない限り、管理会計が経営で効果を発揮することはありません。


では、なぜ、わざわざ手間暇をかけて管理会計を行うのでしょうか?


それは、管理会計が会社の抱える問題の要因を浮かび上がらせ、より適切な打ち手の検討を可能にする強力な手段だからです。ここでいう「問題」とは、会社のあるべき姿と現状のギャップを指しています。

要因の特定と打ち手の検討について、例を示します。

[ 例1 ]
問題売上が年々減少している
要因の特定製品別、地域・担当者別、取引先別などの切り口で売上の推移を確認する。また、関係する営業の担当者から定性的な情報を入手する。
打ち手の検討特定した要因に応じて、経営資源配分のウェイトを見直す。例えば、新製品の開発特定、特定地域からの撤退、営業人員の再配置、など。
[ 例2 ]
問題売上は伸びているのに資金繰りが改善しない
要因の特定製品別や取引先別の粗利益や貢献利益を算定して推移を確認する(*)。また、取引先別の売掛債権の回収状況を確認する。
(*) 原価計算を適切に実行していることが前提
打ち手の検討要因が価格の下落や売掛債権の回収状況の悪化であれば、取引条件の見直しなどを進める。原価の上昇であれば、原材料の仕入条件や仕入先の見直し、製造工程の生産性改善などを進める。

問題を認識するということは、その背後に「会社のあるべき姿」が必ず存在しています。このあるべき姿を可視化したものが経営計画(Plan)です。管理会計は「経営管理のための会計」であり、経営の Plan - Do - Check - Action のサイクルを定量的な形で可視化したものと言えます。

平時から管理会計で自社の健康状態をモニタリングしていれば、何か問題が生じた場合、あるいは将来に問題が生じると想定される場合、冷静に要因を特定して、打ち手を講じることが可能です。

特に将来の予測については財務会計が対象としていないため、管理会計を実施しなければ、会社が将来どのような方向にどのような方法や速度で進むのかを示すことができません。これは、地図・コンパス・時計といったツールを持たず、行き当たりばったりで山に登る状況に似ています。行き慣れた近所の山であれば、問題はないかもしれません。しかし、初めて登る山や難易度の高い山では遭難する可能性が高くなります。

余談ですが、売上減少や過大投資で資金繰りに行き詰まった結果、事業再生が必要となった企業の多くは、管理会計を実施していなかったという傾向が見られます。そのような企業では、経営者の頭の中だけで経験に基づく計数管理が行われています。普段から数字を用いて目標と現状を社内で共有していれば、社員の意識や行動に影響を与えることで、結果は違っていたのかもしれません。なお、このような企業では、事業再生にあたり、まず管理会計的なアプローチで現状把握が行われます。

閑話休題。これまでで管理会計の必要性を述べてきました。では、まず何から始めればよいのでしょうか?
もちろん会社の置かれている状況によって答えは異なるのですが、あえて言えば、まずは粗いレベルでの予算管理から始めて、徐々に広く深くしていくのが良いと考えます。例えば、まず製品別の売上予算を立て、月々の実績を対比させて差異の要因を特定し、改善の打ち手を講じることから始めます。それが定着すれば、次は取引先別の売上予算、あるいは製品別の粗利益などに対象を拡大します。どのように拡大するかは目的に応じて判断します。

管理会計では、最終的に意思決定や業績評価といった具体的な行動につなげることが必要ですが、そのためには、管理会計から得られるアウトプットを咀嚼して洞察を得ることが不可欠です。咀嚼できないアウトプットの生成はリソースの無駄遣いとなるだけではなく、時にはノイズとなります。最初から通り一遍のデータを用意するのではなく、目的に応じて必要最低限の範囲に絞ることがポイントです。Plan - Do - Check - Action のサイクルを回していくにつれて、本当に必要なデータや足りないデータが徐々に見えてきます。「あったらいいな」というレベルの情報は大胆にカットして焦点を絞りましょう。

なお、管理会計の初期段階では、お金をかけずとも、エクセルなどのスプレッドシートで十分に対応することが可能です。いくら優れた仕組みやツールを導入しても、アウトプットを適切に活用できなければ、何の意味もありません。見栄えのよい立派なツールを入れて当初は使用していたが、そのうち熱も冷めて使わなくなったというのはよくある話です。「目的を達成するためには何が必要か」という点を見失わなければ、このような事態に陥ることは回避できるでしょう。

最後に宣伝を。当事務所では管理会計の導入と運用支援を行っております。関心のある方はお気軽にご相談ください!