【コラム】中小企業の経営:血のめぐり

(※) 当コラムは、読者として中小企業の経営者や管理者の方を想定しています

少しだけ資金繰りの話を。

資金繰りは、企業の事業規模や成長段階に関わらず、経営者の頭を悩ませる永遠のテーマです。
「売掛金の入金が予定よりも遅れて、運転資金が一時的にショートしそうになった」「受注を見越して多めに資材を仕入れたが、アテが外れて倉庫に滞留してしまい、資金繰りが厳しくなった」「老朽化した設備で故障が頻発しており、更新投資をしたいが、事業の先行きを考えれば新たな借り入れは負担が重い」。日々の事業運営で直面するこのような問題は、対応を間違えれば事業の停止につながる大きなインパクトを与えます。

会社の資金は人間の血液に相当します。人間は血行が悪くなれば、冷えや肩こりなどの症状が出て不調になります。会社も同様、血行が悪くなれば色々なところに問題が現れ、活動に支障をきたすようになります。仮に、出血が止まらず必要な輸血もできない、あるいは血液の循環が止まるというような最悪の状態に陥れば、事業は終わりを迎えます。したがって、「どの程度出血しているか」「循環の悪いところはないか」といった健康状態の継続的なチェックは事業運営にとり極めて重要です。

ただし、会社の資金と人間の血液で大きく異なる点があります。それは、会社は事業を通じて資金を増加させることが求められるという点です。資金を循環させて現状の水準を維持することは、事業の最低限の生存条件です。社員の処遇の改善、生産拡大や新規事業のための投資、借入金の返済、株主への配当のためには、今よりも資金を増やさなければなりません。資金を増やすということは ①事業機会に投資して②付加価値を生み出して③顧客から価値に見合った対価を得る、というサイクルを絶えず循環させることです。

「何を当たり前の話を」と思われるかもしれません。しかし、経営者や管理者の立場にある方々がこの本質をしっかりと理解していなければ、現場でのちょっとしたロスの発生は「まあ、しょうがないね」「次からは気を付けます」といった安易な対応でやり過ごされ、そのようなロスが再び発生しても現場では看過されるようになります。そして、根本的な対策が取られないままロスの発生が繰り返され、ジワジワと資金繰りを圧迫するようになります。
では、しっかり理解するとはどういうことでしょうか? それは「資金を投下する以上は、適切なスピードでサイクルを確実に完結させる」ことを常に意識して、日々の具体的な行動に落とし込むということです。これを掘り下げて説明します。

下図は会計のテキストによく登場する貸借対照表の概念図です。右側の負債と資本は資金の調達源泉、すなわち株主からの出資、金融機関や経営者からの借り入れ、掛仕入による企業間信用など、どこから資金を調達したかを示しています。次に左側の資産は資金の運用形態、すなわち原材料、製商品、建物、機械装置など、調達した資金が何に投下されているかを示しています。

先に「事業機会に投資」と述べました。ここでいう投資は設備投資などに限定したものではなく、原材料や商品の調達、製品の製造なども含んでいます。リターンの獲得を目的として、何らかの財やサービスに資金を投下することを「投資」とすれば、原材料や製商品も近いうちに販売を通じて資金が回収されるため、短期的な投資と言えます。
やや乱暴に整理すれば、調達した資金はいったん何らかの資産に形を変え、資産の販売や使用を通じて回収され、投下した資金を超える回収分は資本として留保され、新たなサイクルに投下されるという流れになります。もし事業に投下する予定のない資金があれば、調達先である債権者や株主に弁済や配当という形で返還します。

ここでポイントとなるのが、「投下してからどれくらいのスピードでどれくらいの資金を回収したのか」ということです。

例えば、商品の仕入れが多すぎたため、数年分に相当する在庫が倉庫に滞留して、仕入から数年後にようやく販売できたということであれば、スピードはかなり遅いということになります。また、商品が陳腐化していて、かなり値引きして販売せざるを得ず、投下した資金を回収しきれなかったかもしれません。ただし、最終的に販売を通じて部分的にでも資金を回収できればまだ良い方です(血液がドロドロであっても何とか循環はしています)。倉庫に滞留したまま使われることなく廃棄されれば、サイクルは完結することなく途中で断絶、つまり資金が消滅した(出血した)ということになります。現場の担当者に調達が一任されている場合、担当者の感覚のみに依拠した発注が行われ、時に在庫の増大や滞留を招くケースは少なくありません。

機械装置などの設備も同様です。導入した機械が事前に期待した水準で稼働できなければ、製品の製造・販売を通じて投下資金を回収することができません。この場合も循環は停滞し、少しずつ出血が続くことになります。最新型の高いスペックに目を奪われ、詰めの甘い見通しやその時の勢いに任せて機械を導入した場合、事前の想定が大きく外れれば、中長期の資金繰りは非常に苦しくなります。

これらを理解していれば、経験や勘だけに頼った原材料の発注や楽観的な見込に基づく設備投資は、資金繰りの観点では非常に危険であるという認識に至ります。健全な資金繰りのためには、適切なスピードを維持しながら一連のサイクルを確実に完結させ、投下した資金を回収しなければなりません。

経営者や管理者の方々は「過剰な原材料の調達や過大な設備投資は資金の循環スピードを低下させ、資金繰りを悪化させる」「目の前の在庫や設備は資金が形を変えたものであり、資金を投下した以上は、一刻も早く確実に回収しなければならない」という考えに基づいて、開発、調達、生産、販売などに関する日々の意思決定を行い、かつこの考えを現場にも浸透させることが求められます。
そして、資金の循環スピードと回収額を可視化して、継続的にチェックすることが必要です。具体的には、貸借対照表やキャッシュフロー計算書を見て問題の発生に気付き、その真因を特定して、対策を打つというプロセスの仕組みづくりが必要です。目に見えない問題は、解決することはおろか認識することも困難です。

通常、売上を伸ばせば資金繰りは改善します。しかし、売上は市場や競合など外部環境などの影響を大きく受けるため、自社の努力だけではどうにもできない部分があります。
そこで、資金繰りの改善に向けて、まずは自社の努力次第で成果につながる可能性の高い取り組みから始めてはいかがでしょうか。例えば、以下のような取り組みはいずれも資金の循環スピードと回収可能性を高め、資金繰りの改善をもたらします。

■ 営業:需要予測の精度向上、回収サイトの短縮化
■ 調達:安全在庫水準の引き下げ、調達リードタイムの短縮、支払サイトの長期化
■ 製造:生産計画の精緻化、生産リードタイムの短縮、生産ラインの省人化/少人化、稼働率や良品率の向上、設備投資ルールの制定
■ 管理:事務作業の生産性向上、経費の圧縮

このような地道な取り組みを通じて、ぜひ血のめぐりを改善していきましょう!